ピアノレッスン歴・1

ムスメたちは別ってことで。

ピアノを教える気になったのは、出入りの楽器店営業マンに
「出張で教える方を探している」と聞いたときでした。
そのころの日記もあったのだけれど、
サーバーが運営をやめた後、データ管理ができなくて消滅。
ちょいと惜しいことをしたかなという気もあるけれど、
ないものはない、仕方がない。

初めて教えた子は、すでに小学5年生。
幼稚園から習って6年間で、バイエルが終わらない。
なにそれ、と思いました。
バイエルは楽譜を読む力をつけるには最適のテキスト。
長く持ち続ける楽譜ではありません。

今までの先生から引き継いで教えるのはタイヘンです。
自分自身が習ってきたことと、ムスメたちが習うのを見てきたことで
どんなときにはどう教える、というスキルはある程度ありました。
が・・・一度ついた好ましくないクセを取り除くには、
クセをつけるのに要した時間の2倍、かかります。
そのことは、自分自身が実感したことでした。

いや~~な予感はしたけれども、
引き受けたからには、ねえ。

そして、いや~な予感は大当たり。
こっから先は、支障があるので書かないことにします。

それにしても、ハナっから「工夫せずにはなにも進まない」ことを
イヤというほど味わった数年間でした。
その後、彼女の妹さんにも教えることとなり、
それはもう、イロハのイ、ABCのAからなので、
とってもやりやすかったですねえ。

同時に、以前の知り合いからも、娘さんへのレッスンを依頼されました。
これまた、バイエル修了程度を引き継ぐ形でしたが、
やはり強烈な指の癖があって、しんどかったことを覚えているなあ。

これが、ピアノレッスン第1期。
このころは、岩手県ピアノ音楽協会にも所属して
理事として検定試験にも関わり、審査などして勉強していたのでした。


(そのうち続く)


ピアノ関連ブログ一覧
 にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ

ブログ分析サイト
 
 

2013/02/16(土) | About かふぇ婆 | トラックバック(0) | コメント(0)

ボウリング歴・1

初めてのボウリングは中学3年生だったか。
高校受験間近の冬に、ボウリングだスケートだと
まあよく遊んでいた記憶があります。
当時の中山律子さん、きれいなフォームでしたよね。

大学生になり、再び空前のボウリングブーム。
1ゲーム50円で遊べたので、
講義の合間に投げたもんです。
ボウリング場と大学は、北上川を挟んでアッチとコッチ、近かった。

そのころのスコアは全部手書きでしたよね。
だから、何がどうなって点数が加算されるかは熟知。
当時のアヴェレージは120そこそこだったと思います。

以来、ボウリングをする機会は激減しました。
数年に1回、2ゲーム、みたいな。

プロのコーチについてボウリングをすることになったのは、
某ラジオ番組の企画に参加したからです。
オバさんのための、という枕詞につられまして。

全10回(だったか)のコースが終わると、
初心者リーグというのがそのまま立ちあがりました。
勧められるままにマイボールを作り、マイシューズに有頂天。
滑り具合を確かめようとして、コントロールできずに、
アプローチに大の字にひっくり返ったことがあります。

ワンクール10回の初心者リーグは、何シーズンか経過するうちに
一人また一人と参加者が減ってゆき、
最後は私とコーチの1対1になってしまったのでした。
(それはそれでたいへん美味しいお話ではありましたが)
1級プロインストラクターの直接指導のおかげで、
スコアは格段にアップし、130を超えることが多くなりました。
たまーに170アップや、奇跡の200アップなんてことも。

辞めていった人たちは、ボウリングから離れたのではなく
それぞれ都合のよい日のリーグに参加していました。
私も強力に参加を勧められ、女性限定のリーグに参加することに。
以前「初心者リーグ」にいた人たちからは
「やっと来てくれた」と、熱烈歓迎を受けました。

それが、月曜日午後の「ペパーミントリーグ」です。


(続く)(ま、そのうち)


関連ブログ一覧⇒ にほんブログ村 その他スポーツブログ ボウリングへ

ブログ分析サイト⇒ 
 

2013/01/14(月) | About かふぇ婆 | トラックバック(0) | コメント(0)

ピアノ歴・1

かふぇ婆です。
岩手在住の多趣味なババぁです。

元小学校教員で、塾講師やカテキョの経験あり。
児童センターで球技指導を10年間、
ピアノの出張レッスンも10年間ほど。

*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*-+-*

ピアノ歴は挫折から始まります。
幼稚園で開催されていた音楽教室を抜け出して
2階ホールから1階へ降りる長い滑り台で遊んでいて
途中にある窓に手を突っ込んで(頭からかな、記憶ない)
肘の内側と後頭部をガラスで切りまして。

たぶんそのとき、母親は「やりたくないんだなー」と思ったのでしょう。
以来、音楽教室に行った記憶はありません。

次にピアノに触れたのは、小学校2年生のとき。
やはり近所の幼稚園で、土曜日にレッスンを受けました。
幼稚園の先生のアルバイトです。
上手くなるわけがありません。
指はぺったんこ、リズムもめっちゃくちゃ、
1年足らずでバイエルを終わり、
「もう教えられないから」と放り出されて
本格的なピアノの先生に師事したら
あまりにも要求が高度で挫折。
ブルグミュラー25練習曲の、
15番の「バラード」まで(マルもらってない)
これが、小学校3年生のときです。
家にはこのとき、アップライトピアノがありました。
親不孝な私。

(つづく)(そのうち)

2012/09/26(水) | About かふぇ婆 | トラックバック(0) | コメント(0)

 |  HOME  |